2018年12月18日に、上智大学にてHelena Jaskov先生(チューリッヒ大学PD)をお迎えし、講演会を開催しました。Jaskov先生とは今年4月から先月までお世話になっていた在外研究先のチューリッヒ大学で知り合い、非常に刺激を受けた研究者のお一人です。
Jaskov先生は、現在執筆中のブック・プロジェクト(Negotiating States of Minds)で扱っている日露戦争時の日本兵の精神病を事例として、なぜ「メランコリア(Melancholia)」が消えていったのかについて話して頂きました。結論から先に言いますと、メランコリアが使用されなくなった背景には、診療や治療が科学的知により明確化されたことと、「危機管理社会」の出現が深く関係しているということでした。
事例研究の分析内容とともに、Jaskov先生が本報告で特に強調なさっていたのは、同じ事例を取り扱っていたとしても、ディシプリンが異なると問いの立て方や分析の視点も異なってくるという点です。報告の中では、日露戦争で戦った兵士の治療にあたっていた荒木蒼太郎と呉秀三という二人の精神科医による診断内容を、History of Medicine, Japanese Studies, History of Knowledgeというそれぞれのディシプリンの特徴を生かして分析比較をして頂きました。そして、History of Knowledgeの枠組みを取り入れることは、特定の用語や概念自体を問い、またそれらの定義のあいまいさに目を向けることであり、従来のHistory of Medicine, Japanese Studiesでは見落とされていた根本的な問いを立てられることが明らかになりました。
会場からは、History of Medicine, Japanese Studiesで紹介された先行研究の評価内容に関するコメントがありました。その一つは、これまでの日本の精神科医療史は、日本を他の国とは異なる例外として扱ってきたというJaskov先生のご指摘に対して、精神疾患を定義する要素や背景には、日本のローカル社会や文化が深く関係しているのではないかというものです。それ以外にも活発な質疑応答が1時間ほど続きましたが、私が本報告から刺激を受けたことは、Jaskov先生のご研究が、日本という一国史的な枠組みを越え、グローバルな知(医学)の歴史のなかで事例の再分析を試みている点です。また、本報告のタイトルにあるKnowledge in Transitが示すように、「メランコリア」の検討から様々な規模と内実のTransit―西欧からアジアへの知の移動、兵士のロシア―日本―故郷への物理的移動、兵士の診療カルテの変化、精神疾患に対する定義の不確定さ―が見えてきたことも、非常面白かったです。ご著書の出版が今から楽しみです。
主催:「環太平洋をめぐる商品作物のグローバル・ヒストリー:島嶼植民地の重層的支配の考察」科学研究費助成基盤研究(C) 2016-2018(課題番号: 16K03003)-代表
発表要旨はこちらから→Jaskov先生講演会