Blog

2018.05.07 / Category : Blog
ヨーロッパでハワイに触れる1-スイス編

チューリッヒにきて間もなく訪れたのが、Johann Jocabs Museum(写真1)にて行われている企画展 “Ein Bild Fur Den Kaiser: Japanische Arbeiter auf Zuckerplantagen in Hawai‘i (English Title: A Painting for the Emperor: Japanese Labourers on Sugar Plantations in Hawai‘i)”*です。この企画は、今回の国際共同研究**のホストであるMartin Dusinberre先生(チューリッヒ大学歴史学部教授)が立ち上げから深くかかわった展示です。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

写真1 チューリッヒ湖畔にあるJohann Jacobs Museum

実際、展示品の数はそう多くありません。しかし、その一つ一つに深みのある時間と空間を感じることができます。例えば、今回の目玉の一つである絵画は(写真2)は、1885年に当時のハワイ国王が明治天皇に寄贈するために発注された作品です(しかし、寄贈されることはありませんんでした)。マウイ島にあるSprecklesville会社のサトウキビ農園を背景に(小さくて見にくいですが)、日本人夫婦と幼い子どもが描かれています。今回の展示ではモデルとなったの日本人家族の写真も見ることができ、Dusinberre先生によると、絵画では男性がよりネイティブ・ハワイアン的に、子どもが中国人的に描かれています。なぜそうなったのかはよくわかりませんが、絵画の細部をみていると様々な想像力がかきたてられます。

 OLYMPUS DIGITAL CAMERA

写真2 アメリカ人風景画家Joseph D. Strongによって描かれた明治天皇に寄贈予定だった絵画(現在は三井製糖株式会社所蔵)

絵画が展示されている会場から一階下がると、まず目に入るのは着物です。この着物は「写真花嫁」としてハワイに渡った日本人女性―Ayako Kikugawa―が嫁入りのときに持ってきたものです。写真花嫁のなかには、ハワイで働く日本人男性と結婚した女性が多くいました。彼女たちはハワイに渡る前に、夫となる男性と写真交換を通じてお見合いし、花婿不在のまま日本で結婚しました。そして、旅発ちの際に「妻」たちは絣の着物や浴衣を柳行李と呼ばれるスーツケースにつめたのです。Kikugawa さんは1918年に熊本県からハワイに渡航しますが、多くの写真花嫁の結婚が親同士の合意によって決まったのに対し、彼女の場合は少し事情が異なりました。というのも、彼女は写真花嫁に逃げられた親戚(父親の従妹の息子)を日本に連れ戻すためにハワイへの渡航を自ら申し出たのです。結局、彼女はその親戚の男性と結婚し、ハレイワにあるドール会社所有のパイナップル農園での労働に従事するわけですが、つらい仕事と孤独な生活から当初はハワイに来たことをとても悔やんだそうです***。展示されている着物のサイズから、とても小さな体で農園労働、家事、育児をこなしたことに驚かされます。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

写真3 当時の日本人がハワイで着ていた労働着

さらに、サトウキビ農園での歴史的展示品からインスピレーションを受けた芸術家によるアートも見ることもできます。ドイツ在住の手塚愛子さんによる刺繍の作品の数々が、美術館の一階にある出窓部分にはめ込まれています。日本人移民の日常生活を映した写真をもとに刺繍で浮き上がらせたこれらの作品は、美術館の庭園とチューリッヒ湖を背景にうっすらとですが、心の琴線に触れるように浮き上がってきます。作品の一つにはこんな言葉も刻まれています。 “Do you remember…I was about to forget.”(写真4)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

写真4 手塚愛子さんによる刺繍の作品の一つ

ハワイについて研究する私がチューリッヒを拠点に研究活動を行う、ということは自分にとってもある意味、予想外の選択でした。しかし、ここにいなかったら見られなかった絵画や着物、芸術作品に出会ったことは、チューリッヒに来たことに意味があったと思える瞬間でした。また、手塚さんの作品ーー光・緑・湖といった様々な背景によって浮かび上がる日本人移民の姿ーーを見ながら、これから手掛ける本についてインスピレーションをもらうことができました。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

写真5 着物を着た日本人女性たちが見えるでしょうか

*HP: http://johannjacobs.com/de/formate/ein-bild-fuer-den-kaiser-japanische-arbeiter-auf-zuckerplantagen-in-hawaii/、開催日:(2018年2月8日―5月31日開催)

**「複数帝国の連関史:環太平洋地域をつなぐグローバル・ネットワークと島嶼植民地支配」国際共同研究強化基金 2017-2019 (代表飯島真里子、研究課題番号:16KK0036)

***Ayako Kikugawaの写真花嫁としての経験はBarbara F. Kawakami, Picture Brides Stories by Barbara F. Kawakami (University of Hawai‘i Press, 2016),pp.218-235にて詳しく読むことができます。